あらためて見直され始めている「メイドインジャパン」。 メイドインジャパンのエミネントのスラックスは、長崎県北部にある松浦市の工場で作られています。 松浦市の企業誘致を受けこの地で稼働して約40年。 今なお地域に愛され、高い品質のスラックスを日々生産しています。 今回は、長崎県松浦市の友広 郁洋市長と設立当初のお話や工場と地域の長年のコミュニケーションなどお話させていただきました。

高度成長期前からお付き合い。
企業誘致第1号エミネントスラックス工場。

友広市長
松浦市にエミネントさんが来られたのは、市が企業誘致を始めたばかりの頃でした。
誘致のときには、「松浦市に来ていただけますと業績が伸びますよ」とお伝えしてたんです。

実際、来ていただいたところ業績も伸びましてね。その実績から次の誘致の大きなセールスポイントとなり、後に十数社に来ていただけました。大変ありがたく思いましたよ。

眞弓
そうでしたか。うれしいですね。

工場設立当時といえば昭和40年くらいで、バタバタと炭鉱は閉山され、中学卒業後にはまだまだ集団就職をする人がいる時代で、高度成長期前でしたよね。その後昭和50年頃の高度成長期に入ると求人難に突入しましてね、その当時の市の職員の方々にはお世話になりました。

友広市長
私も当時は松浦市の職員でしてね、エミネントさんからの依頼を受けて地域の方に「エミネントさんで働きませんか?」とご紹介する機会があったんです。エミネントさんは人気が高くて紹介する私も嬉しくなりましたね。女性には憧れの職場だったんですよ。

ほとんどのスタッフが女性の松浦工場では、メンズパンツでありながら、もの作りにおいては女性目線を大切にし、いきいきと仕事に取り組んでもらっています。またOEMでレディースも行なっていますが、レディース感性を重視しながら、そこにメンズパンツで熟知したメンズテイストが入っており、美しい曲線に動きやすさや丈夫さがプラスアルファされています。このようにスタッフの技術力を最大限に活かせる職場であるということが憧れに繋がっていたのかもしれません。

松浦の海

工場内をまわる市長と社長

眞弓

友広市長

社員の保護者会が、地域密着の第一歩になりました。

眞弓
あとは、弊社社員の保護者会が地域の掘り起こしをして下さったことも助かりました。保護者会は地区別に社員の保護者を選出した会で、年に3回会議をしていました。そこで「あそこに就職できそうないい娘がおる」とか情報がでるんです。大変有利でしたね。地域密着の第一歩にもなりました。草創期は地域の方々に育てていただいた企業です。そして今はお客様に日々育てていただいています。

友広市長
そういう保護者会や地域のサポートというのは、地域の方が「エミネントを盛り上げたい」と伝えたら、エミネントさんがそれに応えるというところがうまくかみ合って良くできたんだと思いますね。何事も一方だけというのはないですからね。

このコミュニケーションが今のお客様とのコミニケーションを生んでいます。またどんなに難しくともお客様のご要望に応えていこうとする向上姿勢に繋がっていると思います。

眞弓
その他、保護者会の方にバーベキューに参加していただいたこともありました。

友広市長
運動会もやりましたよね。私もご案内いただいて何度か参加させていただきましたが、社員の方に歓迎していただいてうれしかったですね。職場は明るくて楽しかったですよ。

うまい製品には、うまいコミュニケーション。
だからメイドインジャパン。

眞弓
時代が変わり、工場は海外化やロボット化が進んできていますよね。最近では服飾業界も海外の労働力を使うことが常識になりつつあるんです。ですが私自身は松浦市の企業誘致第1号というプライドもありますので、地域の方の採用をカットするという気持ちは無いですね。

また、服飾というのは完成度が大事です。コミュニケーションがうまくできないと、うまい製品はできないと思いますね。
当社は海外輸出が軸ではなく、国内消費を軸としていることもありますので、私がいる限り、基本的には国内での雇用でいきたいですね。

エミネントスラックスは『地域』『マーケット』『お客様』そして『スタッフ同士』とのコミュニケーションで成り立っています。それは松浦で生まれ、数十年間松浦市の皆様に育てて頂いたからこそ築き上げられた工場特性です。これはどこの工場にも負けません。
海外工場で我々の真似が出来ないのはここなんですね。

友広市長
我々もエミネントさんの方針として「純国産」ということをしっかり受け止めて協力していきたいと思いますね。

 

オペーレーターが手作業でスラックスを縫い上げていく

加工途中のスラックスを見る市長と社長

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